食肉加工業 望月 秀樹さん

早川ジビエYAMATO

凄腕スナイパー

望月秀樹

早川ジビエYAMATO 代表
望月秀樹さん
Hideki Mochizuki
1967年2月26日生

居住地 :早川町京ケ島
出身地 :早川町京ケ島
性格 :真面目
好きな言葉 :人の繋がり
趣味 :車/銃
特技 :人を集めること
早川町の一番好きな場所 :山(自然)
職種 :食肉加工業

 YAMATO(早川ジビエ)で提供されている鹿肉は、かなり特殊な方法で捕獲されている。社長の望月秀樹さん自らが仕留めた鹿の肉である。
その方法は、頭を狙って一発で仕留める、というもの。しかも鹿が食事中であったり、休んで寝ていたり、ストレスをまったく感じていないときだけを狙う。そして仕留めた獲物はすぐ山から降ろし、店に併設されている処理施設で1時間以内に真空パック詰めまでを完了させる。
罠に掛かった鹿は、当然のことながらストレスを感じている。同じようにすぐ山から降ろしても、解体の時点で、秀樹さんが仕留めたものとは3℃も体温が違っているそうだ。それが肉質にも影響する。 「食べ比べたらすぐわかるから。全然違うよ。全員がそれに気づくかどうかは分からないけどね、俺はそういう肉を、この会社の〝肉〟として提供したくないんだ。(質問:秀樹さんは、毎日鹿肉食べるのですか?)ああ、毎日食べているよ。」
肉質に対するこだわりは並々ならぬものがある。〝ジビエ〟〝山梨県産〟といったカテゴリで一括りにはできない価値観だ。急峻な山を駆け巡る、早川の鹿肉の特質についても、山の様子を交えながら丁寧に話してくれた。

 生まれも育ちも奥山梨の早川町、京ヶ島地区の出身。父親も銃猟をしていたことで、小さい頃から自然と狩猟に興味を持っていた。山に入るのが好きで、簡単な罠を作って鳥を捕ったりしていたそうだ。 若い頃は父親と一緒に猪を狙って、山に入っていたそうだが、少し前から山から猪が減ってきたという。その時期とうまく重なるように、鹿の頭数が急増していた。猪と比べて鹿の胃袋は大きい。特に初冬の季節は、猪も鹿もどんぐりを好んで食べる。つまり猪の食べ物が不足しているのが大きな原因ということ。
「この会社を始めたのは、鹿の駆除を目的だった。でも俺が集中してやったら、年間に400頭捕っちゃう。このペースだと、さすがに鹿もいなくなっちゃうから、いまはあまり捕らないようにしている。しかし大切なお客さんから『欲しい』と言われたときに、無いと困るからね。駆除とここの経営は、やっぱり分けて考えなきゃいけないと思うようになった。」
年間400頭という捕獲数は、猟師の中でも飛びぬけている。「いま鹿を山で飼っている。」という表現の通り、山の生態系を操っていると言っても過言ではないのかもしれない。

 秀樹さんのこだわりは肉の味だけではない。施設の衛生管理面でも、保健所や研究機関、大学の協力を得てしっかり検査している。これほどの頻度でおこなっているところは他にない。 そんな秀樹さんがこのところ思いを熱くしているのは、早川町の全体的な価値を高めること。早川町内で様々な取り組みとコラボレーションし、応援し合うことが大事なのだという。それがYAMATOの収支を良くしていくかと言えば、必ずしもそうではないかもしれない。だが早川町へのまなざしが変わることは、秀樹さんの価値観を実現していく上で欠かせないと考えている。

 ふと疑問に思った。秀樹さんという人は、自分のことを何と呼んでいるのだろう? もはや〝猟師〟というスケールを凌駕しているように思えたのだ。
「十五、六年前くらいから『狩猟家』って名乗ってきたけど、なんか違うね。『道楽者』かな? 俺、好きなことしかやってないから。うちの子(会社の若いスタッフ)はみんな狩猟やっているよ。いまは(狩猟に)一緒に行っている。このあいだもその子に仕留めさせてやったけど、その子たちが学んでいっている、それがいま楽しいね。」
凄腕のスナイパー、地域を想う経営者の秀樹さんは、この道をいつまでも、どこまでも、楽しみながら進んでいくのだろう。

編集サポーター

早川ジビエYAMATO高橋昌樹さん(早稲田大学人間科学部 学生)
式町光瑠さん(早稲田大学人間科学部 学生)


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