27代目女将 望月 絹さん

江戸屋旅館

握り続けて70年、おにぎりのおばあちゃん

江戸屋旅館

江戸屋旅館
望月絹さん
Kinu Mochizuki
19–年-月-日生

居住地 :早川町赤沢集落

 古い町並みが残る赤沢集落で唯一昔の形での営業を続ける「江戸屋旅館」。江戸後期に創業され、現在まで日蓮宗の修行者の宿泊施設として親しまれてきました。その27代目女将、望月絹さんは、大正生まれの御年94歳。今もなお旅館の仕事を続けています。

 絹さんは生まれも育ちも赤沢集落。幼いころから近所だった江戸屋旅館のお手伝いをしていましたが、嫁いだことから本格的に働くようになりました。昭和50年ごろまで、赤沢集落は宿場としてだけでなく、参詣客の人足仕事や寺や坊への物資・荷物運搬の役目も担っていました。男は籠、腰押し、荷物持ちなど、女は荷背負い、耕作、旅館の仕事などをしていました。貧しい時代や戦争などもあり、たくさん苦労してきました。それでも長い間続けてこれたのは、絹さんが健康で居続けられたことが一番の理由です。

 かつては旅館全体の仕事をこなし、時には一人で旅館を回したこともありました。現在は七面山に登る修行者の昼食のおにぎりを握る仕事をしています。七面山に登る修行者に渡すおにぎりは1人2個、多い時には700人の修行者のために2人で1400個ものおにぎりを握ったことがあるそうです。翌日の出発に間に合わせるため、夜中から握り始めなければなりません。”鉄は熱いうちに打てというように、おにぎりも熱いうちに握れ”と笑いながら、長年おにぎりを握り続けてきた手を見せてくれました。その手の平はとてもツヤツヤしていて、94歳の手には見えませんでした。

 最近ではテレビや雑誌などの取材を受けることが増え、”おにぎりのおばあちゃん”として知られるようになり、お客さんに声をかけられることもあります。そのような親しみやすい性格の絹さんはほっとする存在のように感じました。また、27代目の絹さんの後には、お嫁さんとお孫さんがいらっしゃり、これからも江戸屋の歴史は続いていくように感じられました。

 江戸屋の他にも、赤沢集落には伝統のそばを復元した武蔵屋、宿の駅清水屋、ゲストハウス大阪屋などが生まれ、集落全体が活気付いているように感じられます。絹さんは赤沢集落の元気な時期も厳しい時期もずっと見てきました。人が減り、文化が薄れていく赤沢集落の中で、伝統を受け継いだ新しいものが生まれることは嬉しいことと感じているのではないでしょうか。90年以上赤沢で生きてきた絹さんは、この変化する時代の中でも、「空気の美味しさ」だけは変わらないといいます。

”空気の美味しさは日本一だ”
 絹さんがこよなく愛する自然溢れる赤沢宿に、一度訪れてみてはいかがでしょうか。

編集サポーター

江戸屋

西村幹子さん(早稲田大学人間科学部 学生)
小島榛菜さん(早稲田大学人間科学部 学生)


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